クー様に素敵なSS頂きました。
うちの看板息子達のお話ですが、誰が誰なのかは、ぼかしてあるので
想像してみてください。

テーマとして、ボクシングの人に理解されない中毒性なぜ、ボクサーは
闘うのかと初心者の杞憂について書かれたそうです。
クー様ありがとうございました。 m(_ _)m

リング

リングってのは、不思議なものだと思う。あの頃はよくわからなかったけど。
これは、俺がそれに気づいたときの話だ。
 

 俺は、昔はとても弱気な子だった。いつも泣き虫で、いじめられていて。いつも、「強くなりたい」そう思っていた。そんなときだったかな。知り合いがボクシングやっていると知ったのは。「絶対に強くなる」そういって、俺はジムへ入門した。

 ジムは、はっきり言って厳しかった。元から運動があまり得意じゃないというのもあった。サンドバックにロードワーク(ランニング)、縄跳び…毎日へとへとになって大変だった。それに、周りは俺よりもずっと年上で、筋肉がついている先輩が多くて、正直不安だったのもあった。皆、気を使って仲良くはしてくれるけど、不安は隠せなかった。でも、不思議と根を上げることは思わなかった。きっと、強くなりたいって今と同じで必死だったんだろう。

 

 そんなある日、俺がサンドバッグを叩いていたときだった。知り合いが、俺がジムに入ったことを知って声をかけてきた。

「あれ?お前もジムに入ったんだ!」

 あいつは、にこやかな顔をして近づいてきた。

「え、うん。ついこの間からだけどさ。お前もはいってたんだ…」

 俺は、つい知らないことを装ってしまった。

「そうそう。俺も1月前にはいったばっかりだけどさ。でもそっかー!お前が入ったんならいつか一緒にスパーしてみたいな!」

「スパー?」

 ボクシングに初心者な俺は、スパーという単語を知らなかった。

「そ。スパーリング。ある程度なれるとやらしてもらえるんだぜ。俺もやってみたいんだけど、年上の先輩ばっかりだろ?」

 確かに、このジムは俺よりもずっと年上の人が多い、というかほとんどだ。スパーリング使用としても、体格の違いすぎる俺たちじゃ相手にもならないだろう。

「だからさ、お互いにがんばろうぜ。いつか一緒にスパーしような!」

 そういって、あいつはロードワークに行ってしまった。スパーリング…か。俺と近い年齢なのはあいつだけで、後はほとんど年上の人だ。あいつとは体格も似ている。スパーリングには絶好の相手だろう。自分の強さを知るには、スパーリングも欠かせない。将来ボクサーになるかは別としても、スパーリングは大切なんだろう。だけど。だけど。だけど…何かひかっかる。何だろう…

「どうした?ぼおっとしてるなんて珍しいじゃないか」

「あ、すみません…」

「ははは、あいつのことでも気になってたのか?心配しなくても、そのうちスパーとかやらせてもらえるよ。楽しみだろ?」

「う〜ん、どきどきする、かな…」

「おいおい、今から緊張してどうするんだよ。お前が毎日一生懸命やってるのは皆知ってるさ。大丈夫だよ。じゃ、ま、がんばれよ。」

 そう言うと、先輩はさっさと行ってしまった。俺は、何かよくわからない気持ちのまま、サンドバッグを叩き続けた。

 

 次の日。俺は今日もジムでトレーニングをしていた。が、どうも集中できない。サンドバッグを叩いていても。縄跳びをしていても、どうもすっきりしない。スパーリング。あいつとスパーリング。あの小さなリングの上で、あいつと闘う。闘うということである以上、俺はあいつに拳をぶつけなければならない。入れなければ自分がやられてしまう。殴られるのは、痛いことだ。いじめられればよくわかる。でも、それはおかしなことだ。ボクシングとはそういうものだからだ。それに、やらなければあいつに失礼だ。あいつは、俺に期待をしてくれている。俺は答えたい。頭ではわかっている。でも…俺はあいつを殴れるのか?体は許してくれるのだろうか…

「よぅ!今日もがんばってんじゃん!」

「!…何だ、お前か。」

「ははは、わりぃわりぃ。集中してたのに邪魔しちゃったな。じゃ、お互いにがんばっていつかスパーしような!」

 そう言うと、あいつはトレーニングに行ってしまった。相変わらず、忙しそうに動いている。…あいつは、どう思ってるんだろう。そう思うと、気が気でなくなってしまった。俺は、気持ちを吹っ切らせようと、ロードワークに行くことにした。

 それから、一週間がたった。いつもどおり、俺がトレーニングを始めようとすると、あいつがうれしそうに声をかけてきた。

「おっす!聞いてくれよ!俺とお前でスパーだってさ!3日後にやらせてくれるって!」

 ドキッとした。

「そ、そうなんだ。がんばろう、な。」

「おう!本気でやろうな!」

 そう言うとあいつは行ってしまった。俺はどうしたらいいんだろう。いや、そうじゃない。吹っ切らなきゃいけない。あいつの期待に答えるため、そしてきっと、吹っ切ることが俺のためなんだろう。そう思った俺は、トレーニングに打ち込むことにした。

(いつか一緒にスパーしような!)

…だめだ。吹っきるんだ。

(お互い、がんばろうな!)

あいつと、俺のためじゃないか。

(俺とお前でスパーだってさ!3日後にやらせてくれるって!)

 吹っきれよ!

(本気でやろうな!)

「おい、少しはペースを落とせよ!」

ふと、我に返った。

「お前、何かあったのか?」

隣を見ると、先輩が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

「何も、ないです…」

「嘘つけ。顔が真っ青だぞ。」

「………」

「…ふぅ。ま、いいや。今日、俺と付き合え。」

「え?今日もどうせ、最後までジムに残るんだろ?その後にちょっと、さ」

「……わかりました。」

「よしよし、いい子だって子供じゃなかったよな。ははは。ま、少し休んでからやれよ。」

 俺は、なんだかよくわからなくなってしまった。

 ジムが終わった。その後、俺は先輩と2人きりになった。更衣室の椅子に座って窓をあけた。夜風が入ってきた。月が見える。風が、熱くなった体を撫で回した。気持ちがいい。

「風が気持ちいいな。」

「ええ。涼しいです。」

「月が見えるな。」

「綺麗ですね。」

「ああ、綺麗だ。俺は月を見上げるのが好きでな。」

 本当に綺麗だ。毎日夜に帰っているのに、どうして気づかなかったんだろう。

「で、だ。何があったんだ?」

「………えっと………」

「……スパーリングで相手を殴るの、怖いのか?」

「…!」

「図星、か。お前、優しいもんなあ。」

「知ってたん、ですか…?」

「ははは、ちっと気になったからな。調べさせてもらったさ。お前がいじめられてたことも、強くなりたいって言ってたこともな。」

 そう言われたとたん、顔が赤くなったのをわかった。

「どうしても、吹っ切れなくて…わかっているんです。あいつの期待にも答えなきゃいけないし、答えたい。思えば思うほど、苦しくって…」

「そうか…杞憂ってやつだな。」

「きゆう?」

「ははは、ま、取り越し苦労ってやつさ」

「な、先輩!俺、本気で…」

「違う違う。馬鹿にしてるとかそう言うのじゃないさ。」

「え?」

 俺は意味がわからなくなってきた。

「俺も、実は同じことを考えたことがあるんだ。」

「そうなんですか?」

「相手を殴るのが怖くて、な。お前と同じように最初のスパーリングでは悩んださ。」

「じゃあ、どうして『きりゅう』なんですか?」

「『杞憂』だ。『き・ゆ・う』。まあ、いい。口で説明してもわからんだろ。今から、スパーをするぞ。」

「え?」

「やればわかるんだよ。さ、やる?やらない?」

「…じゃあ…お願いします」

「おう。いい答えだ。じゃあ、準備してきな。」

うなずきながらも、わからないことを理解しようとした俺は、先輩を信じてみることにした。

 遅くなると親に連絡を入れ、グローブをつけ、俺はリングに上がった。少し地面から高いリングの上は、視線が集まるような、不思議な感覚がした。

カァン。

 先輩がゴングを鳴らしてからリングに上がる。

「さ、お前が思うとおりに攻めてみろ。」

 黙ってうなずくと、俺はジャブをだした。そして――

 

 どのくらい時間がたったのだろう。俺は、リングの上でぐったりしていた。

「どおだ?」

「頭がふらふらします…」

「ははは、パンチもらっても痛みってあんまり感じねーんだよな。」

「………」

「…俺の言いたいこと、わかったか?」

「わかりました…いえ、そのような気がします…」

 でも、確かに俺は感じることができた。リングというのは一種の麻酔であって、上がったものは誰でも皆、戦士になる。勝利を求め、ひたすらに相手と戦う、戦士…

ぐったりしながらも、何か満足げな笑いを俺は浮かべていた。そのとなりで、先輩は軽く笑って俺の顔を眺めていた。

 

 そして、スパーリング当日。俺がスパーリングの準備をしていると、先輩が声をかけてくれた。

「よう。」

「先輩!」

「いい面構えになったな。」

「…先輩のおかげです。ありがとうございました。」

「ははは、そういわれると照れるな。じゃ、がんばれよ。」

「はい!」

 

 俺はリングに上がった。目の前にはあいつがいる。

ゴングが鳴った。俺は、わくわくしながら、あいつに向かっていった。

 

【終わり】